2016年6月

2016年6月30日

人間関係のむずかしさのもう一つは、相手が自分に対してどういう感情を向けているのかわからないということが挙げられます。

心理療法、とくに精神分析療法の過程でクライアントがカウンセラーに向ける感情や態度のことを「感情の転移」といいますが、ここでは一般的な用語として用いたいと思います。

自分のほうでは相手に対して、なんらの敵意も、不信感も嫌悪感も抱いていないとしても、相手が自分をどう思っているか、心底がわからないことがあります。わからないというよりも、自分では気づいていないというのが正確な表現です。

あまり良くない例ですが、一昔の話で時効になっているケースなので、その例を挙げてみます。私が体験したことの一つ。事務所を開設した折、私の知人の知人から使ってほしいと事務用書棚を廉価で譲り受けました。

そして、私は、その代金をいくら支払おうとしても、手紙が戻ってきて一向にその方の行方を見つけることができませんでした。結局、この案件はそのままになってしまいました。私の知人のほうはその知人との友情も破たんをしてしまっていたのです。

その方が、およそ2年後に突然、約束もなくひょっこりと私のオフィスに訪ねてきました。よくよく話を聴いてみると、その2年間は、料金の未支払いに恨みの感情がたまっていたとのこと。よく2年間もその感情を持ち続けられたものと、ある意味、感心しました。その方は2年間にわたって、その人の悪感情を私に向け続けていたのです(=感情の転移)。※事情を正直に話して本件は円満に解決しました。

これはほんの一例ですが、こういう感情の祖語は、職場の人間関係、親子関係、友人関係によくあることなのです。

人は相手の人を見るとき、“自分枠”を持って、その自分枠から相手を判断し、相手に向けて感情形成をし、その感情を転移して接しているわけです。これが人間の性(さが)です。

その相手の自分枠に、私たちは心底気づがないていることがしばしばです。そこに誤解や、不信感、葛藤、対立が生じます。

(カウンセラー日記)

 

 

 

2016年6月29日

カウンセリングをしていて、人間関係はむずかしいものだとつくずく感じます。

現代の生活、とりわけ都市生活では地縁・血縁のつながりが希薄になってきている背景には、濃密な地縁血縁関係ではなく、お互い干渉したりされたりすることなく自由に生きることのほうを選択しているからでしょうね。

昭和40年代から50年代くらいまでは、親戚付き合いも、いとこ同士の付き合いも、友人同士の付き合いも濃密だったように思います。

この頃は親戚の家に泊まりにいって一緒に遊んだり、けんかもし、友人と夜を徹して、語り合ったりした時代で、そこから人間関係を学ぶこともできました。

今、濃密な人間関係といえば、他人同士が一緒に生活を始める結婚生活と、多くの時間をシェアする仕事上の人間関係がそうだといえます。

実際、結婚生活を始めてみて、やっとお互い異文化に育ったのだと痛感したりします。

私も、これらのことは一通り体験させられました。

本当にその人の人となりが分かるのは、非日常体験(長期の合宿生活や戦争体験もその一例)を共にするか、一緒に生活してみるか、一緒に仕事をしてみるかしかないと思ったものです。

プライベート面では実にいい人だと思って、その人の人間性を信じて実際に雇ってみると、とんでもない仕事振りだったことも何回か経験させられました。

人に使われるのはむずかしいといいますが、とりわけ小規模の会社では経営の立場で人を使うことのほうがもっとむずかしいと私自身は思っています。

よく学生時代の友人同士が会社を立ち上げる人がいますが、私の知るかぎり、長く続いたケースはまれです。フレンドシップとパートナーシップという面から言えば、後者のほうがはるかに厳しいです。友人関係ならば、好きな時に好きなような関わりをもてば、いいのですが、ビジネスパートナーはそうではありません。

同じことが恋人同士が結婚生活をスタートさせた場合も言えることでしょう。

(カウンセラー日記)

 

 

 

 

2016年6月28日

現代はストレス社会とも言われます。一口にストレスというけれど、ストレスとは何でしょうか?

実は、ストレスにはストレスのもとになっているものがあり、その元凶をストレッサーと呼びます。ストレッサーがあるから、私たちはストレスを感じるわけです。

わかりやすく分けて考えるため、私は、このストレッサーにはヒト的なものとモノ的なものに分けて考えてみることにしました。

最初のほうのヒト的なストレスの元凶、ストレッサーとなっているのは、人です。

このストレスは、人の言動や態度や印象などから受けているストレスです。。あたなのまわりにあなたにとって”ミスターストレッサー”になっている人はいませんか? 人は人に対して、しばしば(頻繁に?)ストレッサーになっているのです。

これに対して、もう一つのほうのモノ的なストレッサーは、仕事の量やその内容、隣の犬の鳴き声、切迫した時間、都会の騒音、日々の生活上のコントロール、気候の寒暖の差などたくさんあります。

以前、健康管理・生活習慣病のテキストの全体編集と執筆を行っていた際、ストレス編で、私たちとストレスの関係について考えさせられました。ストレス、ストレス…とはいうけれど、私たちは一体どんなことにストレスを覚えているのでしょうか。

そこでデータベースで現代の日本人の抱えるストレスの実態について調べてみることにしました。その結果は、1位から10位までは以下のとおりでした。

  1. 先の見通しが立たない
  2. 老後の生活への経済的な心配がある
  3. 家計にゆとりがなくなった
  4. 年をとることによる心身の衰えを感じる
  5. 仕事が忙しすぎる
  6. ダイエットが必要である
  7. 自分の容姿に不満がある
  8. 慢性の病気をかかえている
  9. 自分の考えが周囲から反対を受けた
  10. 家族が病気やけがをした                        (カウンセラー日記)

2016年6月27日

心理学や人材開発、カウンセリングコーチング手法に大きな影響を与えている実際的な心理学に、NLPがあります。NLPは「神経言語プログラミング」の頭文字をとったものです。このNLPの誕生は、1970年代の中頃、カリフォルニア大学サンタクルーズ校で言語学の助教授をしていたジョン・グリンダーと同校で数学を研究していたリチャード・バンドラーによって創始されました。

この二人は、顕著な治療成果を誇っていたゲシュタルト療法のフリッツ・パールスと家族療法のバージニア・サティアと催眠療法のミルトン・エリクソンの3名の天才的なセラピーに着目し、徹底的に分析し、共通パターンを見出しました。これがNLPの誕生となりました。

アンソニー・ロビンズは、米国で最も有名で影響力のあるコーチとして知られている存在。

遅ればせながら、アンソニー・ロビンズを読むことにしました。NLPを復習している、さ中で彼の名前が出てきたからです。

無学歴の若者だったアンソニー・ロビンズは、徹底的にNLPを学び、カリスマコーチとなったわけですから、文字通り、NLPを実践した行動家だったといえるでしょうね。

米国ではそうそうたるメンバーが、彼のコーチングのクライアントになっているそうです。ちなみに、アンソニー・ロビンズの邦訳版には〚一瞬で自分を変える法〛(三笠書房)、〚一瞬で自分の夢を実現する法〛(三笠書房)などがあります。この2冊はいずれも本田健氏が訳されています。

(カウンセラー日記)

2016年6月26日

一般に西洋医学以外での療法は、代替補完療法といわれています。統合医療、ホリスティック医学代替補完療法を取り入れ、ホリスティク医を志向しています。ここでは述べませんが、代替補完療法には実に多くの種類があります。代替補完療法についてはまたいずれ触れていきたいと思います。

イーハトーヴクリニックの院長である萩原優先生は、長く聖マリアンナ医科大学に勤められた後、現在は、主としてがんの催眠療法や、代替補完療法、ソマティックヒーリングを用いて患者の治療に当たっておられます。

ご著書には〚「前世療法」体験CDブック〛、〚がんの催眠療法〛、〚医師が行う「がんの催眠療法」CDブック〛などがあります。

ソマティックヒーリングは、以下の①~⑥催眠のプロセスの通りです。

  1. 体の不調の向き合う対話型の方法
  2. 黄金の太陽
  3. 催眠運動
  4. カラー・ヒーリング
  5. 内なるヒーラー
  6. スピリチュアルな外科手術

萩原先生のご書著はほとんど読んでいますが、愛の療法とも言われている、マティックヒーリングに興味を覚え、そのCDがないのか、CDが欲しいな、子供のようにと思っていました。

やっとの思いで、ソマティックヒーリングのCDを手にすることができ、何回も聴きました。

個人の好みもあるでしょうが、萩原先生の催眠誘導の語り口は、落ち着いた優しい口調なので、私は気に入っておりお勧めです。

2016年6月25日

一時期、コーチングが企業研修の一種のブームとなった時期がありました。草木もなびくコーチング研修の時代でもありました。その頃は私も大学、地方自治体などを中心にコーチングをテーマとした研修講師を務めた時期でもありました。

コーチという本来の意味は、“馬車”を意味しています。そうです、あの西部劇でよく見られる馬車です。馬車は現在時点から目的地に人を運ぶためのものです。よってコーチングとは相手(相談者や部下など)が目標に向かっていく際、その指導や伴走者の役割を担うのがコーチであり、その一連の内容がコーチング活動といっていいでしょう。

よってコーチングでは、目標設定(ゴールセッティング)が重要な要素となります。米国では一流のアスリートや経営者は、コーチを抱えているのが実情です。

カウンセリングコーチングとをどう使い分けるかですが、不安や悩みを抱えているときはカウンセリングの手法が活きてきます。抱えている不安や悩みが解消され、しっかりと将来を見据えられるようになると、コーチングの手法が登場していく場面となります。

以前、コーチングの講座を開催していたとき、ある難課題に差し掛かり、2人の女性が、理解できないという場面がありました。時間の関係上、それはそのままにして取り敢えずの理解で、次のテーマに移りたいと私は思ったのですが、その2人の女性は、このとこが理解できないと次には進めません、と納得しませんでした。

悩みも不安もそうですね。悩みや不安を抱えていると、そのことが脳裏を支配し、なかなか次のことや他のことを考えることができません。学生であれば、悩みは不安があると、なかなか勉強に手が付けられない心理状況にあるのもそうです。

ここで分かることは同じ人間(クライアントや部下)でも、相談者の心理状況によって、カウンセリングが重要なときもあれば、コーチングが適切な場面という場合もあります。

なぜなら、私たちは、体調の変化や心身が落ち込んだり、気分が高揚したりするときもあれば、ちょっとしたことが原因となり、モチベーションが下がったりするからです。

 

 

2016年6月23日

たいていの相談室の1回あたりの時間設定はは5,60分です.カウンセラーは聞き方のプロです。これは思っていらっしゃる以上に、精神的な体力勝負なのです。相手(相談者)の相談にひたすら耳を傾けて、真剣に聞けるのは5,50分が限界でもあるのです。

それでもこの5,60分の時間は、話し手にとっては、意外に短く感じるものです。

親子や気の合った者同士の会話が続けられるのは、友人関係の会話はお互い話す側になったり、聞く側になったりしているのと、深刻な会話でもないということもあるでしょう、気が合う者同士でしたら、2,3時間でも平気で、そう長く感じない場合も多いものです。

以前、ある協会で人生相談を受けたことがあります。

この協会の相談時間はお一人が15分間で、しかも相談室の外ではストップウォッチをもって時間管理している担当者がいるのです。制限時間を気にしての面談になります。

2セッションお願いするには、その分の相談料を加算・負担すればいいとうことにはなってはいるものの、話が佳境に入ると、ハイ、そこまでよ、という感じで相談する側にとっては、時間を気にしながらの相談でこれほど落ち着かないことはありませんでした。

 

 

 

 

 

2016年6月23日

大学院時代と件救出研究室の在室時代は貧乏学生でしたので、埼玉県川越市や朝霞市で塾経営をしながら、学資と生活費を工面していました。

その後海外からの技術研修者の研修コーディネーターを経て、ご縁があって尊敬している教授の研究室に在室していました。この先生のお陰で実際的なカウンセリングの体験を積むことになりました。その教授の急逝により研究室をやむなく離れることになりました。

そして某学校法人の副理事長とのご縁(このご縁もカウンセリングの体験合宿でした)でビジネス学校で学生を教えること、約2年間。そのため、少なからず教え子がいます。

その後同校が新規に業界人の研修教育を展開するに至り、この業界を対象とした研修ビジネスを立ち上げて事務局長を経験しました。

私の大学院の専門は産業心理学でしたので、一業界だけではなく産業全体の人材開発をライフワークとしたいとの思いで円満に独立することにしました。

塾経営の時代から振り返ると、小学生、中高校生、専門学校生、外国人、社会人と対象は異なって内容も異なっていますが、「教育」という広いくくりでは、教育(研修)業界に身を置いたことになり、そこで多くのことを学ばせていただきました。

独立してからは、階層別研修、テーマ別研修と研修内容も多義にわたりましたが、個人的にはメンタルヘルス研修、ライフプラン研修に気持ちがひかれていったのも事実です。

 

 

 

2016年6月22日

本の読み方には精読、乱読、多読、拾い読み、積ん読(?)などさまざまですね。アマゾンのお陰て、読みたい本を調べるには苦労しない時代。これまで私はアマゾンに気軽に注文をしてきてずいぶんお世話になっています。

いい点は廉価であることや、データベースで種々の本が調べられることや、他者のレビューなどを参考にできること。

私も時おりレビューを書いたりもしています。

デメリットといえば、気軽に注文をしていると、締め日になると、積み重なった本代が結構な金額になってしまうことだ。それと書店で手に取ってみるわけではないので、当たりはずれもバカにならない…。

手元においてぜひ活用したい本や2,3回も読んでやっと著者の言わんとすることが腑に落ちる本もあり、ついつい線引きしたくなる本もあります。また一度読んだら、いいなと思う本もあります。

もう1つ困る点は読後の本の整理だ。整理が苦手な私にはこれが一苦労(汗)。

よって私は図書館を上手に活用したいと思うようになった。私が住んでいる所では所沢市、入間市、狭山市、川越市などの各図書館を利用できます。所沢市と狭山市と川越市は私の行動範囲です。

私はこの3市の図書館の利用カードをもつとにしました。

 

 

 

2016年6月22日

「今、あなたは健康?」と聞かれた場合、あなたはどうお答えになりますでしょうか?

その回答はその人その人の健康観によって答えが各々異なってくるでしょうね。無病息災ということもあれば一病息災だよと割り切っていらっしゃる方もがいるかもません。

健康観をしっかりもっていないと、自分の本当の健康度合がわかりませんね。

そこで、わかりやすく、なるべく客観的にWHO(世界保健機関)の健康の定義から、健康観をおさらいしてみましょう。WHOの以下の定義が有名で、保健の教科書で覚えた人もいらっしゃるかも知れません」

「健康とは、身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、単に病気あるいは虚弱でないことではない」と謳っています。

分かりやすく整理すると─

  1. 身体的に完全に良好な状態であり、
  2. 精神的にも完全に良好な状態であること、そして加えて
  3. 社会的にも完全に良好なであること、

以上の3つの局面において元気な状態ということになります。私たち人間は社会的動物と言われ、社会を形成していますので、社会的にもという視点からいうと、まず社会集団の一番なミニマム単位が家庭ですね。そして地域社会や職場等へと広がっていきます。

このような社会的な健康観に立てば、元気な人のイメージ像はかなりレベルが高くなりますね。

身体的にもこれといった健康課題がなく、かつ家庭や職場で生き生きと関わって生きている、元気印の付けられる人が、全き健康人のイメージですね。

ところが、WHOは、1999年の総会で健康の定義として、以下の定義を提案していますが、審議には至っていません。

「健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり、単に病気あるいは虚弱でないこと」

ここで加わってのが、「スピリチュアル(霊的))という言葉と、「動的」という言葉(英語ではダイナミック)です。

私は、この定義を支持している者ですが、皆さんはどうお考えでしょうか? 一度考えてみてください。

これからこのような視座から、わかりやすく情報を発信していきたいと思いますので、この健康観の定義を心にとどめておいて頂ければありがたいです。